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北海道大学医学研究科解剖学講座 渡辺雅彦先生
探日録 第5回:天使のウインクはあの香りと共に

焼肉屋から始まった解剖学研究者への道

私が最も古典的な基礎医学と言われる解剖学研究の道に入ることになったのは、東北大学の解剖学実習で当時若干32歳の内山安男先生と出会ったことが始まりでした。内山先生は肝細胞の定量的電顕解析でゴルジ装置やグリコーゲン顆粒などの日内変動を解析している解剖学研究者で、パワフルで学生が好きでいつでも周りに学生が集まっていました。

内山先生は解剖学実習が終わったある日、偶然にも私がその当時バイトをしていた焼肉屋に来店し、「翌日から解剖学教室に来て研究しなさい」と言い渡されました。先生のその一言が、私を見知らぬ研究の道へと誘い、私の職業人生を決めたきっかけです。まもなく、内山先生は筑波大学の助教授として異動しました。
私も先生の後を追って、講義の出欠もとらない東北大学へ籍を置いたまま、筑波大学で学生生活を送るようになりました。内山家の居候かのように夕食は奥様の手料理をいただき、夜は研究室のソファーで寝て、試験が近くなると東北大学に戻る生活。大学卒業後は、迷うことなく筑波大学の大学院に入学したのでした。

in situハイブリダイゼーションとの出会い

この頃は、神経ペプチドやイオンチャネルのシークエンスが華々しくトップジャーナルに登場し、旧来からの学問領域にも分子生物学の波が押し寄せてくることを予感させる時代でした。内山先生は、それまでの定量的電顕解析から遺伝子・分子の発現解析への展開を図ろうとして動き出しました。私を含む研究室所属の学生たちは尖兵となって分子生物学や免疫学など異領域のさまざまな解析技術や解析装置を、借り物競争のように手分けして駆け回ったのでした。残念ながら、私が担当したin situハイブリダイゼーションは、方法自体が誕生したてであり、そのコアな部分は秘匿され、先行論文を読んでも成功の秘訣すらわからず、シグナルが全く出ない状況のまま混迷に陥りました。

もう一つの担当であった、血清蛋白の精製とその抗体作成も、結果がでないままに大学院を修了し、助手の職を求めて1988年金沢大学に異動しました。それから27年が経過した今、大学院時代には全く成功しなかったin situハイブリダイゼーションと抗体作成、これを用いた組織化学が私の研究を支える中心的な解析技術になっているのですから、人生とは不思議なものです。

「探日録」へのきっかけ

抗体作成の過程で抗血清から抗原に結合する免疫グロブリンを精製する方法を抗原アフィニティークロマトグラフィーといい、そこで使う試薬がCNBr-activated Sepharose 4Bです。

私はこの試薬を大学院時代から使い続け、現在では250g入りの大箱を毎年2つ以上使用しています。このアフィニティー担体を開発したファルマシアという社名は、北欧のイメージとともに私の脳裏に強くインプリントされています。ファルマシアは現在、GEグループに買収され、GEヘルスケアと名前を変えています。
6年前、北大所蔵のティセリウス電気泳動装置の取材を通して、当時GEヘルスケアに在籍し、「生化夜話」の著者でもあった藤元宏和さんと知り合い、そのご縁で「生化夜話」の初刊本を送っていただきました。「生化夜話」には、クロマトグラフィー担体や電気泳動ゲルの開発話が掲載されており、大変興味深く読みました。「生化夜話」の後継である「探日録」へ寄せて、私の大学院修了後の3、4年の間に起こった偶然の重なりから、in situハイブリダイゼーションと抗体作製が軌道に乗るまでの物語を執筆しようと考えました。その過程で、分子生物学の波をまともにかぶり、現在の神経回路の解剖学的研究の基盤が作られたのです。

天使のウインクはあの香りと共に

金沢大学に赴任すると、in situハイブリダイゼーションをやりたいという大学院生の後藤薫君(現・山形大学医学部教授)が待っていました。私は半ばトラウマになっていたこの解析技術にもう一度取り組むことになりましたが、予想どおり再び混沌の海へと投げ出されたのでした。
後藤君はシグナルが出ない原因を組織切片中のmRNAが分解酵素により壊されているからだと考えて、挑戦を続けました。彼は、RNase阻害効果のある試薬をハイブリダイゼーション液に1つ1つ加え、その効果を1-2ヶ月後に仕上がるオートラジオグラフィーで確認する作業を辛抱強く続けました。
ある日、後藤君はメルカプトエタノールを添加して反応したプレパラートに、CNPase mRNAの明瞭なシグナルが脳の白質に現れていたのを発見しました。彼は、陽性シグナルが現れた理由を、RNA分解を防いだことで反応がでたのだと思いました。

真実は、プローブ作製に用いた35S放射標識ヌクレオチド同士がS-S結合をして巨大な複合体を作ってしまっていたため、シグナルが出なかったのですが、還元剤であるメルカプトエタノールの添加がそれを防いでシグナルをもたらしたのが本当の理由でした。陽性シグナルがでると改良と改善は自然に進んできました。
二本鎖放射標識DNAプローブから一本鎖放射標識DNAプローブ、そして蛍光標識RNAプローブへと変遷して現在に至っています。

特に、蛍光in situハイブリダイゼーションによる多重標識の威力は絶大で、以前であれば、ニューロンの伝達物質がグルタミン酸なのか何なのか、複数の伝達物質を共放出するのかどうかかなどを知るにも大変な作業と数ヶ月に及ぶ時間を要ましたが、この方法を使えば魔法がかかったかのように一夜にしてわかるのです。この反応を初めて見たときに、蛍光in situハイブリダイゼーションは免疫組織化学と並び立つ組織化学法になることを確信しました。

私にとっては、あの田舎の牧歌的な匂いがするメルカプトエタノールの一滴が、天使のウインクだったのです。

新潟大学脳研究所での研修

分子生物学が隆盛を迎えつつある頃、解剖学教室では抗体を用いる免疫組織化学が主要な研究手法として広まってきました。
しかし、抗体提供のほとんどは特定の酵素やタンパク質の精製や活性(機能)研究に取組んでいる生化学者に手伝ってもらうことがほとんどでした。そのため、私は研究対象が共同研究をする生化学者の研究対象で決まり、そのジレンマに苦しんでいました。

ちょうどin situハイブリダイゼーションの技術開発に成功したこともあり、その勢いに乗ってもっと分子生物学の研究方法を取り入れて、より独立した形で解剖学研究を進めたいと考えるようになりました。渋る教授を1年かけて説得し、ようやく1989年7-8月の2ヶ月間だけ、新潟大学脳研究所神経薬理部門において分子生物学のテクニックを学ぶ許可を得ることができました。

その頃、私には3歳と1歳の娘がおり、妻と娘たちを金沢の公務員住宅に置き去りにしたまま、後ろ髪引かれる想いで新潟へ赴きました。さらに申しわけないことに、私の2回目の夏のボーナスは新潟での研究生活費として消えていきました。時は金なりの状況下で人はますます働き、周囲の人はそんな私を全面的にサポートしてくれました。

RNA抽出からcDNAライブラリーの作製、ファージプラークのスクリーニングとクローニング、塩基配列決定法など、脳研究所神経薬理のスタッフから分子生物学の基本的技術を惜しみなく教えてもらいました。深夜になってその日の実験が終わると、今度は代わる代わる新潟の美味しい店に連れて行ってくれました。新潟での平均睡眠3時間の充実した2ヶ月間は私の人生の中で代えがたいものです。

新潟での研究生活の中で、いずれPCRという遺伝子増幅法が登場し、クローニングを経ずにライブラリーから目的の遺伝子のcDNA断片を得られるようになることを知りました。それは、抗体作製に必要な抗原蛋白をPCRで自由に設計でき、生化学者から独立して研究を進められることを意味します。本格的に開始できたのは北大赴任後の1994年でしたが、それから20年間、免疫組織化学に使用できる特異性のある抗体作製を目指し続け、神経伝達関連分子を中心として、完成した抗体の数は200種類以上に及びます。

2ヶ月間の新潟脳研究所の研修で一番お世話になったのが、崎村建司助手(現脳研究所教授)と神経内科大学院生の藤田信也氏(現長岡日赤病院神経内科部長)でした。この二人との出会いは、さらに遺伝子改変マウスの神経回路研究へとつながっていきました。

グルタミン酸神経伝達と神経回路研究

1990年、新潟脳研究所神経薬理の後任教授として三品昌美先生が京大から赴任し、崎村先生は三品先生の部下となりました。三品先生は赴任するやいなや、グルタミン酸受容体のクローニング競争に参戦して輝かしい成果を挙げるとともに、最先端技術である遺伝子改変マウスの作製を開始するにあたり、in situハイブリダイゼーションによる遺伝子発現や神経解剖を担当する共同研究者を探していました。
その共同研究者として、崎村先生が私を紹介したことが契機となって、私はグルタミン酸受容体の発現解析とグルタミン酸受容体欠損マウスを用いた神経回路研究を始めることになりました(図)1)

図
グルタミン酸受容体GluD2欠損に伴う神経回路の形態学的表現型

また、この間に、米国ノースカロライナ大学のオリバー・スミシーズ教授(組換え遺伝子の相同組み換え法の開発により2007年ノーベル医学生理学賞受賞)と前田信代先生のラボに留学し、遺伝子改変マウスの作製技術を体験することができました。この留学を仲介し、チャペルヒルでの楽しいアメリカンライフをエンジョイさせてくれたのが、隣の建物でミエリン研究をやっていたあの藤田先生でした。大学院修了後の駆け出しの数年間に得た最大の成果は、華々しい分子生物学領域で夜もなく休日もなく働いて切り開いてきたプロフェッショナルたちに間近で接したことであると思っています。

さらに、グルタミン酸神経伝達の研究領域に入ったことで、狩野方伸先生(現・東京大学医学系研究科教授)をはじめとする、数多くの優れた異領域のプロフェッショナルたちとも出会い、たくさんの共同研究をすることができました。このような研究基盤が形成される過程で、私は自分自身の畑(解剖学)をきちんと耕せるプロフェッショナルになりたいと、深く自覚するようになりました。多くの同時代人に支えられ、天使のウインクに背中を押されて、今日まで歩いてこられたのだと思います。
研究の専門性を聞かれた時に、私は「形態生物学」という造語で答えることにしています。また、「形態生物学」については、自身のホームページでも紹介をしています。そこには、組織・細胞の形や分子局在という形態学の切り口からバイオロジーをやるという意図と戦略が込められているのです。

 

参考文献

  1. Watanabe M, Kano M: Climbing fiber synapse elimination in cerebellar Purkinje cells. Eur. J. Neurosci. 34:1697-1710, 2011

 

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北海道大学 渡辺雅彦先生

北海道大学医学研究科解剖学講座 渡辺雅彦先生

幼年期に過ごした環境や経験に応じて、母国語、感覚運動能力、社会性、人格などが発達・形成され、与えられた環境に適応して生存する能力が向上して行きます。その背景には、経験依存的(脳科学的には、活動依存的)にシナプス回路を改築させるというなメカニズムが働いています。これまで、さまざまな遺伝子改変マウスや障害モデルマウスの解剖学的解析をとおして、シナプス回路発達の分子細胞メカニズムを追求してきました。モットーは「犬も歩けば棒に当たる」。

1984年 東北大学医学部卒業
1988年 筑波大学大学院医学研究科博士課程修了
1988年 金沢大学医学部助手(解剖学第1講座)
1990年 東北大学医学部助手(解剖学第2講座)
1992年 北海道大学医学部助教授(解剖学第1講座)
1998年 北海道大学大学院医学研究科教授、現在に至る

→ 北海道大学 大学院医学研究科/医学部医学科 解剖学講座 解剖発生学分野のHP

今回、「探日録」をご執筆いただいた、渡辺雅彦先生の書籍です。

『みる見るわかる脳・神経科学入門講座 改訂版 前編ーはじめて学ぶ,脳の構成細胞と情報伝達の基盤』

『みる見るわかる脳・神経科学入門講座 改訂版 前編ーはじめて学ぶ,脳の構成細胞と情報伝達の基盤』(羊土社)

  • 単行本:191ページ
  • 出版社:羊土社; 改訂版 (2008/11/1)
  • ISBN-10:4758107297
  • ISBN-13:978-4-7581-0729-7
  • 発売日:2008/11/1
  • 定価:3,600円+税

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『みる見るわかる脳・神経科学入門講座 改訂版 後編―はじめて学ぶ、情報伝達の制御と脳の機能システム』

『みる見るわかる脳・神経科学入門講座 改訂版 後編―はじめて学ぶ、情報伝達の制御と脳の機能システム』(羊土社)

  • 単行本:189ページ
  • 出版社:羊土社; 改訂版 (2008/11/1)
  • ISBN-10:4758107300
  • ISBN-13:978-4-7581-0730-3
  • 発売日:2008/11/1
  • 定価:3,600円+税

羊土社Amazon等の書店にてご購入いただけます。

 

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